うつ病とパニック障害で無職になってからの出来事

今回は、うつ病パニック障害で任意入院→復職→退職してからの出来事についてお話したいと思います。

過去記事はこちら↓

2020年3月に退職、地獄は続く

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2020年3月に退職し、すぐに仕事を決めましたが2日でダウンして退職したため、働くことは諦めて失業保険をもらいながら、自宅で療養することにしました。

ちょうどその頃から血便が出始め、大腸内視鏡検査を経て、潰瘍性大腸炎の疑いありということで、2022年の現在も通院中です。

毎日自宅で一人、しかも無職です。

失業保険をもらうために月に1回ハローワークへ行くことと、通院、週末に夫と会う以外は完全に引きこもりでした。

毎日自分を責めては、死にたい衝動に駆られていました。体もだるく、朝散歩にでかける程度。いつ治るかもわからず、毎日毎日不安でした。

バイトの面接を受けるが落とされ続ける

あまりにも辛いため、何度もバイトの面接を受けたりしました。しかし週2程度、短時間を希望していたため、なかなか条件に合いません。

週2と書かれていても、実際に面接に行くと週4以上は働いて欲しい、と言われることはザラでした。

何度も落ちるたびに、社会に必要とされていない自分に嫌気がさしました。

また経歴書を持っていくたびに、なぜこの経歴があるのにバイトなのか?と色々と不審がられました…。

2021年7月、ついにバイトが決まるものの、鬱が悪化

色々と悩みながらも、ついにバイトが決まりました。仕事は、グループホームの夜勤のバイトです。2021年7月からスタートしました。

一軒家で3人の介護不要の入居者の身の回りのお世話をします。週1で16時〜翌朝9時までの16時間拘束です。

慣れない夜勤に四苦八苦しましたが、仕事自体は辛くなかったです。しかし、また鬱が悪化してしまいます。

嘔吐、下痢などが続きました。夜勤で一軒家、しんと静まり返った部屋、リビングのソファの上で、いつになったらまともに働けるのか、という不安に襲われました。

そのたびに夫にLINEを送りましたが、一度も怒ることなく、根気よく何度も励ましてくれました。

しかし5回ほど出勤しましたがとうとう行けなくなってしまい、怖くて辞めることが言えないと泣く私に対して、夫から会社に連絡してもらって、辞めることになりました。いい大人が辞めることさえ言えず、夫に頼むという完全に黒歴史です…。

ちなみにこの頃はお風呂もまともに入れず、たまにシャワーを浴びる以外は、タオルで体を拭く、という日々でした。

再び無職になり、パニック障害2回目の再発

また無職になり不安な日々の中、追い討ちをかけるようにパニック障害が二度目の再発を迎えます。

いままでは起きている間に発作が起こるだけでしたが、今回は「寝ている間も発作が起こる」というものでした。

うとうとして眠りにつく頃に、急に息苦しくなり発作が起こり、飛び起きる。そんな毎日が繰り返され、精神的に完全に追い込まれました。

任意入院をしていた病院に1年通っていましたが、全く治らないことに焦りと苛立ちを覚え、転院することにしました。

2021年8月、初めて母親にカミングアウトする

パニック障害になってはや1年、うつ病も治らずもはや手詰まりとなり、県外にいる母親に初めて病気についてLINEでカミングアウトしました。

母親は決して責めることなく、わざわざ県外から出てきてホテルを取ってくれて、一泊する中で色々と話をしました。

そして無職でお金に困っているのではないか?と言って、かなりのお金ももらいました。

過去にうつ病になっていたことを知る

母親と話をしていて初めて知ったのですが、実は20代の頃にうつ病になったことがあると、教えてくれました。

私は全く記憶にありませんでした。覚えていない私に、母もびっくりしたようです。

聞いた話によると20代半ばに一人暮らしをしていた時に練炭で自殺未遂を図って失敗し、実家に帰ってから精神科へ行き、うつ病の治療を1年ほどしていたようです。

人目が怖い、幻覚が見えると言っており、とにかくずっと寝ていたようですが、覚えていません。

2021年8月末に、実家に帰ることに

それからすぐに、実家に帰ってきてはどうか?と母親に言われて、実家に帰ることにしました。

数日後に父親と母親が車で迎えに来てくれました。パニック障害があることを知っているため、いつでも停車するからねと声をかけてもらい、安心して実家まで帰ることができました。

実家には犬が三匹いて、犬が一番好きな私は嬉しくて、たくさん触りました。

↓帰省した際に撮影した写真

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実家1日目、発作で家を飛び出した

初日だけ、母は心配だからと一緒の部屋で寝ることに。色々と話をして寝た後、すぐに発作が起こり、慌てて深夜に外まで走っていく私に、母親はびっくりしたようです。

落ち着くまで外でうろうろする私を見守りながら、何とか落ち着いて部屋に戻る私に、60代の母親は嫌がることなく優しく付き添ってくれました。

転院したばかりの病院へ戻る

母親に連れ添ってもらい、また県外の私が転院してばかりの病院まで付き添ってくれて、一緒に主治医と話をしました。

パニック発作が起こることを伝えると、薬を変えてもらってレキソタンイフェクサーを処方してくれました。

そのあとまた日帰りで実家に帰り、薬を飲んだところ、数日で発作はなくなりました。

生まれて初めて薬の効果を実感しました。

初めて回復の兆しを感じる

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実家に戻りながらも、失業保険の手続きがあったり、通院や夫に会うなどがあるため、たまに自宅へ戻ってまた実家に行く、というのを数回繰り返しました。

そのうちにパニック発作が完全になくなり、また体のだるさが段々と消えていきました。

母親も傍でずっと見ている中で、かなり回復していることを感じていたらしく、バイトでもやってみたら?ということで、バイトを探すことにしました。

2021年11月16日からバイトを開始

そしてたまたま見つけたバイトに応募したところ、すぐに採用が決まりました。

いまも続けていますが、接骨院の受付のバイトです。当初は16時〜21時過ぎ、週3回だったので、リハビリにもちょうど良いなと思ってバイトを始めました。

12月末にさらに別のバイトを増やす

割と問題なく働けているので、さらに収入を増やすために別のバイトも始めることにしました。

そして同時期に、個人事業主の時からよく依頼のあった会社から声がかかり、1月から月50時間のリモートワークの仕事をして欲しいと頼まれたので、2022年1月から掛け持ち3つのバイト生活がスタートしました。

一筋縄では行かず、何度も挫折しかける

まだまだ本調子ではないこと、そして新しい仕事を覚えることでストレスが重なり、毎日吐くようになりました

医師からもバイトを減らすように言われましたが、ここで折れるとまた無職の地獄に戻ることが怖くて、とにかく必死に耐えました。

何度も何度も辞めたいと思いましたし、ミスするたびに何度も自分を責めました。

またバイト先は良い人ばかりではないので、嫌味なことを言う人も一定数おり、小さなミスをするたびにねちねちと言われ(自分のことは棚にあげて)、かなり追い込まれました

毎日バイトに行きたくないと悩みながら、トイレで吐き、ギリギリまでベッドで横になってバイトへ行く。そんな日々を送りました。

2022年8月頃に、ようやく落ち着き始める

とにかくひたすら耐える日々を送る中で、少しずつできることが増えてきました。

相変わらず何事にも興味がわかず、ただ働くだけの毎日でした。化粧も気力がわかずできないので、眉だけ描いていました。コロナが流行っておりマスクを着けるのが普通だったので、ノーメイクでもバレにくく、これは本当に助かりました。

2022年9月以降

さらにシフトを増やして欲しいという依頼を受けて、どんどん働く時間が増えていきましたが、何とかこなせるようになりました。

11月16日をもって、最初に始めたバイトも無事に1年を迎えることができました。

この頃にはようやく化粧もできるようになって、夫と会う時はメイクするようになりましたし、3年ぶりに一人で服を買いに行くこともできるようになりました。

病気になってからこれまで、好きだった服も全く興味がなかったのですが、服を買って久しぶりに楽しい、着てみたい、などの興味を抱く自分に驚きつつも、ようやくここまで回復したことを実感できた、貴重な体験でした。

最後にお伝えしたいこと

これまでいくつかの記事にわたって病気についてお話してきましたが、いまは元気に働いています。

何度も死にたくてたまらなかったあの日。何度も挫折しそうになり、地獄を見ました。

嘔吐、下痢、幻聴、耳鳴り、希死念慮、不眠、倦怠感など、本当に苦しかったです。

もともと持っていた子宮内膜症にくわえてパニック障害うつ病、そして潰瘍性大腸炎の疑いで血便が出るという最悪の数年でした。

死ぬことしか救われない、ずっとそう思っていました。一生治らない、そうやって絶望していました。

2019年11月あたりからパニック障害が発症していますが、それ以前から不眠症は出ていたので、完全に寛解するまでの闘病生活としては、約3年かかりました。無職期間は2021年3月〜11月までですが、在職中も無職の間も、本当に辛かったです。

ですが、必ず治ります。どうかほんの少しでも私の体験があなたの心に響けば、とても嬉しいです。